チェルノブイリ、ルーマニア
H29.01.06->H29.01.115
10月ごろだったか、skyscannerを見ていたら、キエフイン、ブカレストアウトの便が5.5万円で見つかった。
チェルノブイリツアーも1万円ぐらいであったので、その予約とキエフからオデッサのフライトの予約も(3000円)いれた。
1/6に仕事を終え、そのまま成田に行った。チェックインカウンターでスーパーバイザーのカウンターに行けといわれた。
イスタンブールが大雪で、イスタンブールからキエフの便がキャンセルになってとのことで、ウクライナ航空のフライトでよいかと聞かれ、OK。
ただ、ウクライナ航空の便もキャンセルになるかもしれないといわれて、飛行機に乗った。
H29.1.7
特になんということなく飛行機になっていたが、フライトマップの様子がおかしい。イスタンブールに向かっていない。しばらくすると、イスタンブールではなく、サムスンという町に行くという。しかし、また方向が変わり、アンタルヤという町に到着することとなった。空港はイスタンブールに行く予定だった難民であふれかえり、ちゃんとしたアナウンスもなかった。空港内にいてもらちが明かないので、外にでてチェックインカウンターに行くと、チケットカウンターへいけ、そこではホテルカウンターに行けと言われ、ホテルに泊まるためのバウチャーをもらった。
イスタンブール空港は大雪でマヒしていて、ホテルを用意するので、そちらで待っていろということらしい。
空港の外にでると大量の難民がいて訳が分からなかったが、日本人らしき人に声をかけたところ、サンビレッジというホテルが用意されているとのことで、自分もそのホテルだったので、以後一緒行動することになった。

(カオス状態の空港)

(リゾート地アンタルヤ)
一緒に行動することになったのは、北海道で教員をしているしずちゃん、スキーヤーレイちゃん。
しずちゃんは、イタリア旅行、レイちゃんはこのあとイタリアでレースがあるとのことだった。

(リゾート五つ星ホテル。独り占めだけど、豪華なところに一人でいたもね)

(食事はもちろんただ。すごく豪華)
H29.1.8
翌日、アンタルヤの空港にもどり、けっこうすぐにイスタンブールのフライトに乗ることができた。

(イスタンブール空港)
いろいろとあったが、三人それぞれのフライトをゲットし、飛行機を待っていたが、レイちゃんのウィーンとしずちゃんのローマがキャンセルになってしまい。真夜中に、お二人とはさよならとなった。
H29.1.9
朝早くキエフ行きの飛行機に乗り無事キエフに。
本来であれば、8日にチェルノブイリツアーに行く予定だったのだが、こんな事情でキャンセルをした。
空港からsoloeastという旅行会社にメールをしたところ、明日10日のツアーを予約することができた。
11日にキエフからブカレストに飛ぶ便も予約することができたが、あわせて3万円ほどの出費となった。
空港からキエフの駅にバスでいき、駅舎に入ると石炭のにおいがして、とても懐かしかった。

(キエフの駅)

(コザトフスキーホテル付近)
h29.1.10
コザトフスキーホテルの前が集合場所だったので、コザトフスキーホテルに泊まったが、古いソビエトてきなホテルだった。
ここからバスにのり、チェルノブイリ原発に。

(プリペチの廃墟)

(プリペチの保育園)

(原発の現場。今はシールドに覆われています)
チェルノブイリ事故以降、人があまり住んでないので、自然がよみがえったそうです。福島みたいですね。
H29.1.11
キエフからブカレストに行きます。地下鉄で中央駅にいき、またバスに乗ってキエフ。
ウクライナの聞いたこともない航空会社で、飛行機も片側一列、反対側二列いう小さな飛行機でした。
なかなか出発せず、一度出て行ってから戻ったりと、ありましたが、二時間遅れでブカレスト着。

(ちいさな飛行機)
バスで統一広場までいき、6ユーロのドミトリーに泊まりました。
h29.1.12
朝早く起きて、ブカレストの北駅まで小一時間歩きました。雪がキエフよりも多く、少々歩きにくかった。
ブラショフに行くため、コンスタツァ行の汽車にのり(1時間遅れ)、ブラショフについたのは12時なった。
駅からはブラン行のバスはでていないため、長距離バスターミナルのアウトガスまでいき、そこから小一時間バスにのり、ブランで降りたら、目の前がブラン城。
吸血鬼で有名なところで、観光地となっていた。

(なんというかまあ)

(中世のお城です)

(拷問椅子)
ブラショフに来る途中、風景がきれいだったブステニでおり、この日はそこに宿泊しました。
H29.1.13
ブステニには特に用事もないし、ころといってみるところもないのですが、お城があったので行ってみました。
こちらは100年前に作られたもので、現代的でした。

(ホテルの窓から)

(おしろ)
ルーマニアの家は、いろいろなところからいろいろなものが生えていて、なかなかなキュートです。

(教会、お葬式をしていました)

(センスのいい家)
h29.1.14
ブステニを出る時点でカメラがないことに気づきました。この時は自分の不注意で忘れてきたのかな、と思ったのですが。
電車で音楽を聴こうとウォークマンを探したら、なかった。ザックに入れていた金目の物が二つともなくなったので、きっと取られたんでしょうね。
少々残念でした。
ブカレスト北駅に行き、国民の館まで歩きました。噂には聞いていたのですが、国民の館のでかいこと。びっくり。
また、バスで空港にもどりました。なぜかブカレストからイスタンブールまではビジネスなので、チェックインも早く、ラウンジも使えてちょっとうれしかったです。
イスタンブールは暖かく、雪もほとんどありませんでした。7日の喧騒が嘘のようにしずか。予定どおり成田に帰ってきました。
